愛媛大学社会問題研究会

愛大社研。現代社会の諸問題について自主的に学び合うサークルです。普段は読書会や茶話会を実施。ブログでは活動の告知や報告などを行います。詳しくはhttps://exnihilo1984.wixsite.com/eu-syaken2017

議論は大事、対話は大事

 古くからの友人たちと「宅飲み」的な会合をした。お互い目指している進路は全く違っているが、それでも同い年の仲間意識をもって切磋琢磨している、という感を強くすることができた。

 同世代の仲間。とくに社会派的な交流を定期的に続けていけるだけの人。それこそを求めている。斎藤環『承認をめぐる病』によると、確か最近の若者は、コミュニケーションと承認の有無ないしはそれらの質が、幸福感の重大な基準になっているらしい。それは成績だの家柄だのといった、ある意味では個々人の主観をこえて認められる価値基準が失効したことの反映でもある。いま、人のアイデンティティは著しく(その都度出会う具体的な)他者に依存している、とも言える。

 会員も、そうした「若者」の一構成員である以上は、その時代状況というか世代意識とは無縁ではない。要するに「やたらと(問題)意識の高い出会い系」のような方向性を持っている。今回友人たちと「宅飲み」したのも、その仲間との交流を雛形的に実現させたものである。

 一度「都会」の学生交流圏にお邪魔したことがある。さすが「都会」だけあって、近隣の数大学に点在する社会派的な集まりが一挙に会合してお互いの問題意識や活動成果を報告して議論しあうイベントがあり、夜のラウンジでは各々が勝手気ままに歓談に興じていた(全くささいな点で「いいなぁ〜」と感じたのは、すみにカップ麺などの食品自販機まで用意されていたことである)。いきなり参加した身だったから、あまり知り合いもできずに帰ったが、とにかくその羨望というか憧れの余韻はいまだに残っている。

 

 議論は大事だし、対話は大事だ。学生や若者はもっと政治や社会に関心を持つべきだなどと、年長者の聞き飽きたお説教に、たやすく同調する同世代はそこそこ多い。なんてトンチンカンな。今そこであなたたちが一同に会しているじゃないか。なら今すぐ政治や社会について語り倒せ。なんなら交流会を企画しようじゃないか。それをやらないで世間一般とやらの同世代を憂いて、それで満足なのか?

 

 まったく、「とりあえず会って話す」ことの重要性、切実さを実感する毎日だ。話した後に疲労感に襲われることも多い。実際にそれほど仲良くなれないことも多い。あのとき、ああ言えばもっと…。だが、それは徒労とは全く異なる。意味はある、というか自分で意味を掘り出せる、そんな作業だ。学内でも、変な人だと思われることは承知で、思いつく限り実行していきたい。